借金(赤字国債発行)で賄う科学技術投資をどのように正当化するか

教員 2013年10月31日 posted尾田 基

本プログラムの職務としてというわけでもないのですが,先々週の土曜日にScienceTalksというシンポジウムに行ってきました。研究者,大学経営者,文科省,財務省など研究費に関係する各方面からなるシンポジウムでした。文科省の菱山豊さん(大臣官房審議官)が「社会保障(のような他の予算)よりも科学技術に支出すべき,ということを正当化するための説得力のあるロジックがほしい」「ただ研究費を増やして欲しいというだけではだめ」ということを仰っていたのが印象的でした。サマーキャンプでも話題になっていましたが,現状の日本は予算の半分を国債に頼る状況にあります。このような状況下で,他の予算よりも科学技術イノベーション政策に支出すべき理由(あるいは,そうでない理由)を,他の分野との比較で少し考えてみたいと思います。

初級向けの財政学の教科書や新書レベルの解説書を何冊か読んでみると,支出の在り方について,社会保障や公共事業については言及がなされているのですが,科学技術関連予算についてほとんど言及がありません。文科省の予算について言及があっても,多くの場合は教育に関するものでした。額の大きさからみてこれまでそれほど説明を追及されてこなかったとも言えますし,説明が求められるようになったのは民主党の事業仕分け以降のことであるとも言えるでしょう。文科省の資料を見ていても,多くの労力は専門家同士によるピアレビューの発達にかけられており,アウトサイダーに対する説明は相対的に未発達なのかもしれません。

専門的な分析は政策のための科学のどこかの拠点からでてくるのを期待するとして,財政赤字がなぜ問題なのかを検討してみようかと思います(専門外なので,あくまで頭の体操レベルとしてご笑覧下さい)。そもそも,国の借金が増えるとどのような問題が生じるのでしょうか。科学技術イノベーション政策に投資をすることは,そのような問題に見合う事業なのでしょうか。初等レベルの財政学の教科書(井堀利宏『財政学』第4版,新世社),あるいは財務省の説明によれば,公債の発行が増えることの問題点としては,だいたい4つのロジックが書かれています。

・クラウディングアウト(公的資金需要によって民間に供給される資金が減ってしまう)
・世代間負担の不均衡
・政策オプションの減少
・国債の信用の低下(価格の下落、利子率の上昇),信用低下の末の財政破綻

・クラウディングアウト

まず第1のクラウディングアウトとは,政府支出が増えることによって利子率が上昇し,民間の投資が抑制されてしまう効果です。クラウディング・アウトがどのような局面で生じるのかどうかについてはいろいろと議論があります。ここでは詳細にたちいらず,仮にある程度(0%でも100%でもない)クラウディングアウトが生じていると仮定して,そのような状況下でどのような政府支出が正当化されるかという問題について考えてみましょう。 理想的な支出はクラウディングイン(政府支出によって民間の投資が誘発されるような状況)なのですが,これについても除外します。科学技術に投資することで特定の分野への呼び水になることがあるかもしれませんが,実証データを手元に持っていないので,これ以上の議論はできないからです。

クラウディングアウトが生じる,利子率の上昇による効果なので,何がクラディングアウトされているのか具体的に観察できるわけでもない,そのような状況で,なるべく民間の投資の邪魔をせず(民業圧迫にならず),民間投資では過小供給になりそうなところを狙うのが良いと思われます。

1)私的メリットもあるような準公共財よりは純粋公共財に近い分野への投資の方が過小供給になりがちなので,正当化される(教育費や社会保障,公共事業よりも,防衛費や科学の方が純粋公共財として正当化される)
2)リスクが高い支出の方が過小供給になりがちなので,正当化される

・世代間の負担の不均衡

将来の負担になるかもしれない借金をして,現在のための支出にお金を回せば,世代間の負担に不均衡が生じると思われます。この観点からいうと,現在に対する支出よりも,長期にわたって,将来にも効果が残るタイプの支出の方が正当化されると思われます。
防衛費・医療費のような現在のリスクに対する支出よりも,科学技術費・教育費・公共事業のように,資本蓄積であれ技術進歩であれ,将来の生産性に貢献する支出の方が,借金の名目としては正当性が高いかもしれません。

・国債の信用の低下,財政規律

財政破たんするかどうかは、経済成長率と公債の利子率の差が重要になります。公債の利子率以上に経済成長が進んでいるような局面では,対GDP債務残高が徐々に改善していき,財政破綻の見込みは小さくなります。つまり,支出をするのであれば,生産性の向上が見込まれる部分に投資をすることが重要になるわけです。資本蓄積(公共事業)か技術進歩への投資ということになります。

正当化を難しくする特徴

ここまで見てきたように,原理原則を”振り回せば”,そのまま成り立つとは限りませんが,財務省の理屈に乗った上でなお,他の支出よりも科学技術イノベーション政策を優先する理由はいくつか主張できるように思われます。では科学技術イノベーション政策の予算を正当化することはなぜ実際には難しく感じられるのか。この問題は,主にパフォーマンスの測定の問題と,パフォーマンスの帰属の問題があるように思われます。

効果の測定が困難(効果の発現が長期・間接的・観察が難しい,専門家によるピアレビューをアウトサイダーが理解することが困難)
– 失敗の原因帰属が困難(リスクテイクをしているのか,単に非効率な投資をしているのかの区別が付かない)
– 増分の説明が難しい(1単位予算を増やすことに対してのメリットを説明しづらい)
受益者の問題
– 受益者が国民に限られない(成果の流入も流出もある)ため,政府が支出する根拠として弱い
– 政治的に後押しをしてくれるような強力な受益者がいない

●効果の測定自体は,難しくてもやらなければならないので,いろいろと指標を開発するしかありません。問題は,常にリスクを避けられない研究開発において,失敗したものがリスクテイクの結果なのか,単に非効率なのかがわかりづらいということでしょう。指標を改良していっても,このような結果の解釈のぶれは残りますし,どのようなフィードバックを行うべきかについて,意見の対立を招きやすいポイントになると思われます。

●増分の説明が難しい,ということは,実際の予算折衝プロセスを想像してみると難しい問題です。いくら増やして欲しいという交渉をする場合に,その結果の得られるメリットの増分が言明しづらい場合があります。このような特徴は防衛費にも共通すると思われます(戦闘機を一台増やすことによって得られる国家安全の上昇確率を想像することは難しいと思われます。)

●また,受益者と支出元が一致しないという特徴もあります。防衛費の場合は,政府が支出し,国民が受益者であり対応がとれています。ところが,科学技術の成果は,一定程度は流出もするし,流入もします。応用研究についてはある程度知的財産を囲い込むことができるかもしれませんが,基礎的な研究は人類全般への貢献という側面が強くなると思われます。公共財の中でも自然環境(保護)に近い分野なのかもしれません。寄付など別の収入源を求めるだけでなく,よりマクロな国際的な協調枠組みを強化することで,世界的に一定以上の投資水準を維持するように働きかけることも重要かもしれません。

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