【報告】 葉っぱビジネスにおける競争と共栄

教員ブログ 2016年2月29日 postedyonemoto 【報告】 葉っぱビジネスにおける競争と共栄 はコメントを受け付けていません

江藤 学

 

はじめに

 

地域政策研究の候補探しに四国に出張してきました。その際に、ちょっと足を延ばして、葉っぱビジネスで有名な徳島県の上勝町を訪ねてきました。

 

上勝町の葉っぱビジネスはコミュニティビジネスの成功例としてNHKなどで取り上げられて有名になり、映画にもなっています。既に様々な報道がありますので、我々の研究課題として新たに取り上げる必要は無さそうですが、既存の報道などではどうしても理解できない点が幾つかあったので、現地を訪ね、この事業の中心人物である横石知二さん(第三セクター「株式会社いろどり」代表取締役社長)にお会いして、お話を伺うことにしました。

 

Picture1.

(料理のつまとしての葉)

 

いろどり事業の概要

 

「いろどり」の葉っぱビジネスについては、既に多くのメディアで紹介されていますので、ご存じの方も多いと思います。ご存じない方は、以下を見て下さい。

 

いろどり社HPでの紹介

http://www.irodori.co.jp/asp/nwsitem.asp?nw_id=2

日経デジタルコア

http://www.nikkei.co.jp/digitalcore/local/18/

 

上記でも語られている通り、この事業は料理の「つま」として添えられる「葉っぱ」を料亭などに販売するものです。成功要因として挙げられるのは、①「葉っぱ」市場の研究、②市場原理の農家への導入、③ITによる情報化、などで、高齢者・女性という、これまで農村地域では労働力として活用されていなかった人材を活性化し、結果として病院や老人ホームまで駆逐(笑)してしまった成功例として知られています。

この事業をマネジメントしてこられたのが、今回お話を聞いた横石さんです。横石さんは1979年に上勝町農協(現JA東とくしま上勝支所)に営農指導員として赴任され、1981年の寒波で上勝町のみかんが大打撃を受けたことで生産品目の多様化をすすめる仕事を農協で10年以上行われました。その中で1986年頃から葉っぱの出荷も始まっていましたが、そこで培ったノウハウを基に1999年に上勝町などが出資する第三セクター企業として「いろどり」を法人化し、ビジネス化したものです。

「いろどり」が行っている事業は生産者である農家と、買い取る「農協」との間の情報流通です。売買される葉っぱ自体は「いろどり」社を通りません。実際のビジネスは農家と農協の間で取引されています。

このビジネスの特徴は精度の高い需要予測と、その出荷における競争原理の導入(早い者勝ちシステム)であり、そこにIT化を進めることによって、需要情報や販売情報、生産者の出荷額比較など様々な情報をリアルタイムで提供し、生産者間の情報格差をなくし、競争心理を刺激するシステムとなっています。

 

Picture2.

(株式会社いろどりが入居するつきがたに交流センター)

 

この事業に対する疑問

 

私がこの事業をNHKの報道で最初に見た時の印象は、本当にこの事業は永続性があるのか、でした。直感的に問題と感じたのは以下の二点です。

  • 生産物としてこの地域でしか生産できない品目ではないため、需要地に近い地域の方が競争力が高く、競争が始まると負けそうに思える
  • 「生産者同士の早い者勝ち競争」というシステムでは敗者が固定化しやすいので、生産者から脱落者が出るのではないか

前者の疑問については、様々な情報を調べるうちに、容易にはキャッチアップできない「葉っぱビジネス」ノウハウを蓄積していることが分かりました。そして、需要者の信頼を勝ち取り、信頼の維持に大きなコストをかけていることも分かってきました。このようなシステムが、競争者の参入を抑えてきたのです。

しかし、もう一つの「早い者勝ち競争」の疑問は事前の調査では解明できませんでした。このビジネスように機械化が困難な農業の生産力は、労働者の体力と農地(この場合は山林?)の面積が決定要因になるので、努力での逆転は困難で、常に勝者と敗者が固定してしまいます。その中で早い者勝ちシステムを採用すると敗者の事業意欲を棄損させて離農させてしまう可能性が高いと思えるのです。

ビジネス面だけ考えると、競争によって生産能力の低い生産者が駆逐されることは、市場原理的には価値が高いのですが、それでは地域振興になりませんし、不幸な人がたくさん生まれてしまいます。この「資源的に劣位にある人のインセンティブ維持システム」についてお聞きするのが今回の訪問の目的でした。

 

徹底的な個別ケアで落伍者を出さないシステム

 

お話を聞いた結論は、表題の通り「徹底した個別ケア」でした。私の予想した通り、生産者の能力には大きな差があり、常に良い品を大量に出荷できるため収入の大きい人もいれば、品目数も量も少ないためになかなか早い者勝ちでは勝てない人もいらっしゃるようです。しかし、横石さんが全ての生産者の方の能力や性格、人間関係などを把握しているので、其々の人に、その人に適した品目の生産を勧めているため、ある程度の分担関係が出来ており、負け続けという状態にはならないようになっているそうです。

横石さんの農業事業の基本は「他と同じものを作らない」であり、これは「他の町と」だけでなく、町の中においても「他の生産者と」同じものを作らないということを指導しておられるようです。生産者にとっても、自分にしか出せない品目があるというのは喜びですし、そこに責任感が生まれます。このようなきめ細かい個別ケアが、出荷量の少ない生産者にも満足感を与えることに繋がっているのです。IT化により、どんなに少量でも、自分の出荷した品物が、幾らで誰に売れたかが即座に分かるようになっており、これも全生産者のインセンティブに繋がっています。

 

Picture3.

(上勝町の風景)

 

情報開示が生んだ譲り合い文化

 

さらに小さな町の中での競争で、その順位が誰にでも分かるシステムになっているために、完全競争にはならず、和を維持する環境も生まれているそうです。例えば年末など同一品目で多くの注文が出た際に、一人でその注文に完全に対応できる生産力を持っていても、全てを取らず、半分だけ出荷するといった利益の分けあい文化が醸成されているそうです。一人で注文を独占してしまうと、そのことが全生産者に見えてしまうことが、逆に良い抑止力になっているようで、情報の透明性が生んだ効果の一つと言えそうです。

但し、出荷先に対しては要望された数量を確実に出荷することが信頼維持のためには必須です。それができる生産体制を作っているところに上勝町の強みがあります。ということで、皆さんの遠慮によって出荷量が不足する場合は、横石さんが個別に生産農家に連絡を取って出荷を依頼するそうです。この依頼も後々不満が出ることの無いようにバランスをとり、かつ生産者の方に「横石さんから頼まれたから出した」という環境を作ってあげることが重要なのだそうです。

 

人材マネジメント力の獲得

 

このように、「いろどり」の葉っぱビジネスの根幹は、生産者全員に対するきめ細かいケアと生産管理にありました。それを横石氏がほぼ一人で行っているところがこのシステムの特徴です。横石氏に「何人くらいまで出来ますか?」と聞いたところ、1000人くらいというお話でした。上勝町の人口は2000人弱ですから、生産者数で考えると、現在の倍程度は大きいコミュニティでも一人でマネジメントできそうです。

結局のところ、このようなコミュニティビジネスの最大の問題は、横石さんのような人をどうやって育てるのか、ということでしょう。少なくとも座学でこの能力を獲得することは困難です。現場に出てコミュニティの中で働きながら、トレーニングや知識獲得のできる環境を作っていくことが必要ですね。

 

おまけ

 

この事業には、他にも面白いポイントが幾つもありました。一番面白かったのは、女性の活用です。女性の方が圧倒的に競争に敏感で負けず嫌いであり、男性を動かす力を持っているので、女性をやる気にさせることがこのビジネスの肝だそうです。IT化により女性に直接情報が届くようになったのも大きな成功要因と言えるでしょう。

 

Picture4.

(上勝町の観光図面)

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